
それぞれの町がそれぞれの顔で
モロッコに行ってきました。前に海外旅行が趣味の友人に「いままで行った中で一番良かったのはどこ?」と聞いたら即座に「モロッコ」との答えが返ってきたことがあり、いつかはおとずれたいと思っていました。
今回は1998/12/27-1999/1/5の10日間。直行便はなくパリ経由でカサブランカに入りました。
最近の日本はどこの町に行っても同じような建物、チェーン店ばかりで個性がなくなった、と思いませんか。でもモロッコは町によってまったく顔が違うのです。食べ物はラマダン中でしかも外国人用のレストラン、ホテルですのでどこも同じようでしたが、タジン(土鍋で蒸し焼きにしたもの)とカバブはなかなかでした。
1.ビル街のカサブランカ
| 映画であまりに有名なこの町は近代的なビルが立ち並ぶオフィス街。私たちの目的「遺跡」とは縁があまりないようです。 | ![]() |
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今回初めての観光はハッサン2世大モスク。モザイクがとてもきれいでした。 しかし寒い!風が冷たい。ガイドブックにはこんなに寒いって書いてなかったけどなぁ。 |
2.ピンクの町マラケシュ
| マラケシュは建物すべてがピンクで統一され、そ〜んなに高いビルもありません。ピンクといってもいわゆるショッキング・ピンクではなく、ベージュに近い感じでやさしい色合いです。 ここで今回のハプニングその1とその2が。まずSさんのトランクがあかない。これはモロッコにきてからずっとなのですが、15年も使っているそのトランク、どうやら寿命らしく鍵がこわれて開かず、ホテルのボーイに頼んで壊して開けてもらいました。きっとそれから毎日開け締めが大変だった、と思います。 それから風邪で一人ダウン。高熱がでたこと、旅がはじまったばかりであることから医者を呼ぶことにした。(やっぱり保険には入っておくべきですね) | ![]() |
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午前中は添乗員と手話通訳者1人(熱が出たのはろう者)が医者用に待機。観光は現地日本人ガイドともう1人の手話通訳者(わたし)が行くことにした。ちなみに医者の診察後、添乗員と手話通訳者は馬車でマラケシュの町をまわり、昼食のレストランで合流です。
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3.日本の大学生と出会う
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サアード朝のお墓まではごみごみしたメディナの町並みを見ながら行く。私はこういうところが大好きで店の中をのぞいたり、すれ違う人に「サバーハ・ルヘール」(おはよう)とあいさつして反応を楽しんだり。ロバのふんをふまないように注意もしなければならず忙しい。墳墓群をみていたら日本人の若い女性がおおぜい関西弁で話していたので声をかけてみる。なんと大学生で授業できているんだそうである!なんでまたこんな年末に! |
| この後、バヒーア宮殿へ。4人の夫人の部屋の次に広場のようなところに出た。ガイドいわく「ハーレムです」。奥さん4人では足りなかったらしい。 | ![]() |
4.雨の中の騎馬ショーと花火
| マラケシュのメディナを歩く。ごちゃごちゃした道をみんなで行列。ゆっくり見たいもの、買いたいものもあるが、そこは団体行動。ぐっとがまん。しかしと〜にかくごちゃごちゃ。フェズのメディナもこんなんだろうか。タジンの土なべがやたら目につく。 夕方ジャマ・エル・フナ広場へ。ガイドブックに出ていた屋台が準備をはじめたところ。こんなところで食べたらすっごくおいしいか、お腹をこわすかのどちらかだろう、と思いながら横目でながめて通る。 | ![]() |
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広場は大道芸人がたくさんいて、観光客を見ると寄ってくる。猿や曲芸はそれなりに楽しめたが、子供のボクシングはちょっとかわいそうで、いただけない。 近くのビルの屋上カフェで広場を見渡す。電気がつくとまたきれいだ。ふと見るとグループ最高齢(なんと83歳!)のSさんがウトウトしていた。こうやって短時間でも上手に体を休めているのね、と妙に感心。 |
| 夕食はファンタジア・ショー。入り口に騎馬兵がならんで迎えてくれる。ベルベルのいろんな部族が食事の間、いれかわりたちかわりやってくる。 夕食はクスクス。ガイドの堀田さんが習いたての手話で食べ方を説明してくれた。 食事が後半になった頃から急に雨がふってきた。それもかなり激しい降り。こんなんでファンタジア・ショーはできるのだろうか、と心配。それにすごく寒い。傘も持ってきていない。 | ![]() |
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どこのグループも食事が終わりざわざわしだした頃にショーが始まった。雨の中、馬の曲乗りをやっている。とにかく寒くて見ているだけでもガタガタ震えてしまう。リックの中にウインド・ブレーカーが入っていたことを思い出してあわてて着込む。少しホッ。(この後もこのウインド・ブレーカーのおかげでずいぶん助かった)雨の中、花火があがってショーが終了した。寒かった |
5. アイト・ベン・ハットで民家へおじゃま
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今日はアトラス山脈越え。山も4千メートル級なのでもってきた防寒具を全部身につけて出発。でも寒い。山頂では途中の雨が雪になる。トイレ休憩にバスからおりると気温は氷点下ではないか、と思うほど風が肌を刺す。こんなの予想してなかったよねぇ。熱がさがったHさんも震えている。 山頂でシッドというターバンを買う。頭に巻いてさらに顔も目以外は隠すもの。これがけっこうあったかい。 しかし、この後の遺跡アイト・ベント・ハットでは大重宝。砂塵をまきあげる横風の中を観光したのだが、このターバンのおかげで髪の毛が砂まみれになるのが防げたし、口まで覆ったので、のどや鼻の粘膜も守られた。やっぱり郷に入っては郷に従え、か。(但し、これ色落ちがひどかった) |
| 山を越え下りはじめるとさっきまでと景色がまるで違う。雪景色から一転、あたたかい陽射し。まわりは赤土がむき出しになっている。山の向こうとこっちではこんな違うなんて!まるで季節がいっぺんに冬から春に変わったようだ。 シッドの巻き方をガイドの堀田さんから習う。自分で覚えなければ、とレストランで練習をしていたらレストランの人がみかねて巻いてくれた。長い1枚の布なのだが、けっこうむずかしい。 | ![]() |
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アイト・ベント・ハットではガイドが前にテレビの仕事でお世話になったジャマールさんのお宅でお茶をごちそうになった。衛星放送受信機があったりとみかけとは違う近代的なお宅。第一、急に20人がおしかけても全員分コップがあるんだから、我が家とは大違いだ。
この夜のホテルは砂漠地帯とは思えない良いホテル。私は初めてハンマム(蒸しぶろ)を体験。快適だった。 ところでモロッコのお風呂ってパンツをはいたまま入るってご存知?お風呂イコールはだか、と信じて疑わない私たち日本人女性2名は後で係のモロッコ人女性の話の種になっただろう、ということでした。知らないもんねぇ、そんなこと。 |
6. トドラはどこら
| 「モロッコに行ったらバラ水を買おう」とガイドブックを見た時から決めていた。なんかひびきがすてきだし、他で売っているのをみたことがない。これっきゃない!とで楽しみにしていた。売っていた。色気のない大瓶だった。とにかく頑張って値段交渉。後からわかったのだが今年のと去年のがあって去年のならまけられる、と言っていたそうだ。今年のが買えて良かった。 バスは小さな河を越えてトドラ渓谷に着いた。私の目が細いせいだけではない。本当に大きくて、一目で全部は見渡せない。顔をこう、ぐる〜っと下から上まで回さないとその全景はみられない。地層がはっきり段々になっている。すごいなぁ。 ここのかわいいレストランで昼食。焼きたてカバブがおいしい。 |
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今夜はエルフード泊。途中、砂漠の中の水路の説明がある。
ガイド「石を落とすとポチャンと聞こえますので落としてみてください」
の説明に私たち手話通訳2名「聞こえないんです」の返事に彼女ぐっと言葉につまる。
でも堀田さんは聞こえないってことをとってもよく理解して下さった方でした、ホント。 |
7. やった〜、サハラ砂漠の初日の出だ!
| エルフードの夜はおおみそか、という事で音楽やおどりがあったが明朝早いので私たちは早めに休む。 明けて元旦。朝5時、ランド・クルーザー4台に分乗してまっ暗い中を出発。途中から道なき道を走る。 おりてから懐中電灯の明かりを頼りに全員で固まって見晴らしがいいところまで歩く。 |
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日の出は7時15分頃。1時間後。暗かったまわりがすこしづつ明るくなってくる。おととい雨がめずらしく降った、ということで砂の上も歩きやすかった。 明るくなってくるにつれてあちこちの砂丘に人の姿がぽつぽつ見えてくる。みんながカメラをかまえている正面にも人がいて、じゃまだなぁ、と話していたら、らくだ引きの人が言いに行ってくれた。これはチップをはずまなければと、と思ったら敵もさるもの、どかなかった。 なんて騒いでいたら朝陽が出てきた。 |
| 夫は三脚をたててカメラマンきどり。となりのグループのおばさんが自分のカメラの使い方がわからない、と彼に聞いている。みかけでだまされたのよね。いい写真がとれていますように…。
おとといは雨、きのうは曇りだったので私たちはハッピィだ、ということだ。正月早々縁起がいい。 |
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8. 本当についていた?私たち
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今日は今回の旅行最大距離の移動日。460キロ走ってフェズへ行く予定だ。朝からドライバーはピリピリしている。 アトラス越え。今日は大アトラスと中アトラスの2山脈越えだ。大アトラスは吹雪だった。除雪終了直後でとにかく越えられた。山あいの小さい町、ミデルトで昼食。次は中アトラス。しばらく走った後、ゲートが降りて通れない。除雪車を待っている、という。長い車の列。3時間、ただ待った。ガソリンスタンドでトイレを借りる。 結論、今日は通れない。 ミデルトの町に戻る。 |
| 大型観光バスが私たちの他にも5-6台。私たちのバスはさらに不運なことに暖房が効かない。寒いのである。
ホテルで私たちはコーヒーとスープとパンで暖まる。ミデルトは小さな町である。一度に人がどっと押し寄せたためか停電になる。ホテルは慣れたものでさっとろうそくを出してくれた。
この間に添乗員、ガイドたちが話し合い、交渉の結果、とにかく迂回してフェズへ向かうことになる。ラマダン中のドライバーたちも日没後なので食事をした。明け方何時になるかわからないがとにかくフェズへ行く。ミデルトにはホテルが足りないし、足りたところで明日山越えできる保障はない。
私たちのバスと同じ会社手配のバスの2台とさらについていきたいというバス、計4台が出発。
私たちは全員、寝る体制に。あるもの全て着て、巻いて、できるだけ暖かくする。なにしろ風邪ひきさんが今では大分増えている。 |
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9. ラマダンの夜
10. 19時間後にホテル着
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バスの中でうつらうつらしながら私は風邪でせき込む仲間の苦しそうな咳とドライバーの「ツーリスト」という太くてがっしりした声を何度も聞いた。あちこちで検問がある。その度にドライバーがおまわりさんに答えているらしい。 |
| ふと目をあけてみるとさっきまでの細くて暗い道と違い、広い道路をゆうゆうと走っている。街灯がきれいだ。けっこう大きな町を走っているらしい。フェズだ。
着いた。ホテルに着いた。明け方2時半。 バスからおりてドライバーと握手する。「シュックラン」(ありがとう)というと微笑んでくれた。朝から19時間近く、たった一人で運転してくれたのだ。
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11. フェズ・エル・バリ
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翌日は昼まで休憩。いよいよフェズ・エル・バリへ出発。陶器工場でろうの男の子と会う。ここで働いている、という。彼もみんなも大喜びだ。 昼食後、フェズ・エル・バリを歩く。迷路のような細いごちゃごちゃした道を行く。何だかわからないことを話しかけてくる人や怒ったような人など、とにかく人人人である。野菜やお肉の市場、染織工場、皮工場、じゅうたんやさん、モスクなどなど5時間位歩き回った。路は狭いが一歩店の中に入るとモザイクがきれいで天井が高い、という外からは想像できないウチが多い。みかけで判断してはだめってホントですね。 |
| ジェラバ(民族衣装)を買う。ツンととがった帽子が気に入っている。 | ![]() |
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私たちはほとんどが聞こえないメンバーなので情報保障の方法はガイドの説明を1名が手話通訳。もう1名がカタカナ名などをホワイトボードに書いていく。これを2人で交替でやるのだが、特に子供たちには珍しいらしくメンバーと一緒にホワイトボードをのぞき込む。彼らの方にボードを向けるとかわいい笑顔を返してくれた。
夕方、陽が落ちた頃、帰途につく。さっきまであれだけ人がいたのにひっそりと人影まばらだ。きっと今頃みんな一斉に食事をしている、と思うとなんだかおかしい。いや、これがイスラムの文化のひとつなんだから「おかしい」なんて失礼ですね。でも、ちょっと想像すると笑えるでしょ、国中が一斉にごはんを食べてるって。 |
12. 1998年指定の世界遺産ボルビリス
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フェズのホテルは2日連泊。いいホテルでした。翌日はボルビリス経由で首都ラバトへ。 ボルビリスは広い田園地帯に忽然とあり、遠くから全景を見ることができる。近くでみるとやはりきれいなモザイクがたくさんちりばめられている。ハンマムの跡などが発掘されていたが、現在も発掘中とのことだった。こんな広いところ、大変だなぁ。 コウノトリが遺跡の中につがいで巣を作っていた。 |
| ここのガイドはマジッドさんという背が高い男性。モロッコ語で正直という意味だそうである。手話ではもちろん「マジ=まじめ」さん。
途中メクネス経由で首都ラバトへ。ラバトまでは道路の両脇にはオリーブの木やコルクの木が続き、肥よくな畑が続いていた。 ラバトは王宮があるせいかひろくてゆったりした町。フェズのようなごちゃごちゃした感じでも、カサブランカのような高層ビルもなく、空は高く広い、といった印象。夕焼けがきれいな中をホテル着。 |
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13. 最後の観光
| ラバトでは王宮、モハメッド5世廟、要塞などを見学して、今回の観光をしめくくる。やっぱり王様関係は豪華。ぜいたくな材質をふんだんに使っている。 | ![]() |
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ヘンナ染料で入れ墨(書き墨だけど)をしてもらう。 かわいい女の子が「ヘンナ」といいながら寄ってきた。興味をしめすと離れない。時間と金額を聞くが通じない。そばの男の子たちと通りかかったドライバーが助けてくれた。彼女は慣れた手つきでササッと手の甲に木の葉らしいデザインを書いてくれた。 |
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| ハッサン2世大モスク | ハッサン2世大モスク 図書館 | ハッサン2世大モスク 図書館 |
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